一応プロなんですよ。

昨日学童に出勤した時のこと、正指導員と準指導員が保育会議をやっていました。

真剣に話している傍らで、まだ勤務外の僕はソファーにだらしない姿勢で腰をかけながら顔だけ会議に向け話を聞いていました。

 

丁度話していたのが子どもへの言葉がけについて。指導員が子どもにふとした「〜したら〜なしにするよ」という言葉がけについてとある父母から指摘があったとのこと。例えば「こらー片付けないと外遊びいけないぞ」とかそういうこと。

この「何かをしないと何かを与えない」というのがちょっと違うんじゃないかということだけどごもっともでした。片付けないと外遊びにいけないのではなくて、「片付けないと(おもちゃが落ちてて誰がか踏んで危険だから、次に遊ぶ人が困るから)外にいけないよ」ということなのだ。まぁ言い方は沢山あって「片付けできたら(やることもちゃんとやったし)外に行こうね」という言い方もできるのだから。言い方というのは大切で、同じことを言いたくてもそれによって結果が良くも悪くもなってくる。ポジティブな言い方とネガティブな言い方、直接的な言い方とオブラートに包んだ言い方。色々あるのです。

保育士さんは何十人という子どもも見ながら沢山のことをしながら100回位毎日同じことを言う中で、どうもそこに頭が回らなくなってしまう時がある。疲れていたり、毎日同じことを繰り返す中で一言一言言葉を選ぶのって難しいものです。

 

とりあえず昔に比べてなんだか保育会議らしいトピックスを話し合っていて、なんだか学童ってすごくなったなぁなんてぼんやり思いました。かなり初歩的なことなんだけれどそれでも大事なことだから。

昔はこんなこと話し合ってたっけなぁ

 

僕は、なんとなく学童で指導員として働くってことは「こういうこと」ではないっていう意識が頭で働いていたからハッとしてしまいました。勿論保育のプロとして子ども達のことを考えていつでも接していくことだと思っていたけれど、なんだかこういう頭の使い方をするものだと思っていなかった。いや、使っていたっけ。使っていたけど頭で考えていたっけ。俺は昔どんな保育をしていたっけ。前の通りいればいいのか、いや前の通りってどんなだっけ。そんなことを考えておりました。

学童って、指導員も「うんこうんこ!」とか叫んでいい場所だと思ってた(実際今でも言ってる)したまにはちょっといけないことを教えてもいっかなんて思ってたけど、少し考え直さないといけないなぁ。保育的な知識がなくても時に感情的に感覚的に人として対等に接すればいいかなぁなんて思ってたけれど、そうはいかないか。ただ一つ言いたいのは、勿論学童をなめているわけではなりません。

 

昔はよく子どものように子どもと遊んでいたような気がするけれど、もうそういうわけにはいかないのかな。まぁ27歳だしな。甘く見てもらえる年齢でもないしな。そんなんわけでなんだか少し自信無くしました。みんなみたいにちゃんとした保育が自分にできるのかなぁってちょっと思ってしまいました。まぁ自信ないのはいつものことです。

結局、保育士と幼稚園教諭1種免許持っててもこんなんです。資格って、そういうものです。

 

まぁでも楽しいわ。今の子どもを誰一人知らないのはいたいけど、とにかくみんないい子だ。いい子達すぎる。指導員さん達もいい人達だ。父母の方々もいい人達だ。素敵だ。

 

願うことは、怪我をせず何事も無く子ども達がみんな笑顔で夏を過ごせますように。そして、僕がやらかしませんように(切実)