なんだかなぁ

仕事後にインシデントレポートを書いておりました。疲れた

 

今日思ったこと。2つ

 

1つは、人を責めることで安心する自分がいたこと。

僕は保育・福祉関係の仕事を昔からしていて、今もオーストラリアで福祉関係の仕事をしている。

で、先日ケアしている利用者が叫んで、暴れて、職員や他利用者に手を出してしまった。福祉業界ではまぁよくあることというかもはや慣れたものなのだけれど、そのインシデントレポートをその現場に居合わせた同僚と書いておりました。でも実は僕はその同僚と最近距離を置いていたのです。諸事情で。お互い普通に話すけれど、業務以上のことはあまり話さない、そんな感じ。

まぁ仕事だし、と一緒に書いていたんだけれどその起こった出来事を2人で振り返りながら話す中で、何だかやや盛り上がってしまったのです。そう、僕たちは客観的な視点で支援員としてインシデントを書きながらも、頭の片隅で利用者を悪者にしていた。

確かに、その利用者はいつも突如暴れ、暴言を吐き、手を出してしまう。支援員の視点としてみれば、彼が何故そうなったか原因は明らかだし、何ならこういう出来事が起こってしまうのは支援員のせいでもあるのだから。僕たちがうまく支援できていなかったのだ。

でも、僕たちは支援員である前に人間で、何を言われても我慢して、理解するよう心がけていてもやっぱりたまに疲れてしまう。そして、その疲れに甘んじて僕たちは頭の片隅でその利用者を悪者にしていた。お互いそうは言わなかったけど、インシデントを書きながら盛り上がる自分たちがすごく滑稽でした。何より、いつもなら気まずい僕たちが誰か1人を悪者にしたことでこれだけ関係がスムーズにいっていることがちょっと悲しかった。結局、人って何かや誰かを見下したり、蔑んだり、そういうことで安心したり仲間意識を持ったりしかできないのかなぁ。思い当たってしまう自分が、とても嫌だ。

 人間って、そういうことでしか繋がれないのかな、とたまに思ってしまう。

 

 

2つ目は、自分はこの仕事をするべきなのかどうなのかということ。

僕はたまに、支援員でも介護士でも保育士でもなくなる。

高校生の時からずっと「全ての人の気持ちを汲み取れるような人間になりたい」と思って生きてきた。今でもそれは変わらない。でも、僕が人の気持ちを汲みとろうと努力するとき、同時に「人間らしくいたい」と思う自分もいるのだ。いけないことをする人に対して怒ったり、嫌なことをされたら泣いたり、辛いことがあったら誰かに寄りかかりたいのだ。

全ての人の気持ちを汲み取る、というのはある意味自分の感情を抑えて相手の話を聞いて、共感して、自分のことのように苦しみを理解して相手に寄り添えるような人になること。

人間らしくいたい、というのはむかつく時に怒って、悲しい時に泣いて、辛い時に弱音を吐くということ。

その2つの思いが、自分の中にあるのだ。

 

僕は今回のインシデントを書いていて思ったことは、その日僕は支援員じゃなかったということ。つまり僕は、支援員失格だった。支援員として彼を理解していれば、何を言われても暴力を振るわれてもたった一言、優しい言葉を、彼を理解しようと踏みよる一言が出たはずだし、そうすればその場はおさまったかもしれない。でも、それを理解した上で、僕はそれをしなかった。いきなりの暴言と暴力、そして少しそんな毎日に疲れていたり、自分の私生活でも色々あったりするという自分勝手な都合でそうできなかった。内心、そこで汲み取る以前に一人の人として彼を怒鳴って、頬を一発叩いて、ぶつかって、諭したかったのだ。心の中で「マジで一発ぶん殴ってやろうかな」と思った自分がいました。マジで。

そんなことは実はしょっちゅうあって、子どもがある他の子をいじめている時、認知症のばあちゃんが夜中ずっと叫んで徘徊している時、知的に障がいのある利用者が暴れたり、笑顔でうんこをトイレの壁中に塗りたくっている時。こうやって文書にに書くと笑っちゃうし愛嬌でしかないんだけど、それを全て肯定的に受け止めて「誰も悪くない」と自分に言い聞かせたり「自分のケアがよくなかったな」って自分の課題にする時、たまに気が狂いそうになってしまうのだ。

 

結局、その1つ目の思ったことにも繋がるんだけど、誰かや何かのせいにしないと疲れてしまうのだ。そうやって、生きていきたくないけれど、そうなってしまうのだ。

自分はわりと誰かや何かのせいのその場でしても、家への帰路で「全部自分に落ち度があった」と思ってしまう人だから、余計に疲れてしまうのかもしれない。

じゃあ、人のせいにやっぱすればいいのかな。わからない。

 

でも、いじめてる子にもいじめたくないけど誰かをいじめざるをえない理由があるかもしれない。俺が人を責めるように。

夜中に叫ぶばあちゃんだって、何か不安なのかもしれない。

今回のインシデントで暴れた利用者にも、理由はあった。

 

でも、でも、でも。

考えるのめんどくさい。

 

でも本当に今回の件で思ったのは、この仕事は俺にとってはいい仕事かもしれないけれど、他の人にとっていいとはあまり思えなかったりする。いや、俺にとってもいい仕事じゃないかもしれない。わからない。それに、凹んでるとかネガティブな感情でこう思うならばいいのだけど、いやに冷静なのだ。

 

いつもこの仕事を辞めようとして、でも何故かチャンスや機会に恵まれて辞めずに続けて、また辞めようとしたら今の仕事を見つけて。

そろそろ新しいことにチャレンジしてみたほうがいいのかな。カフェとか。そう思いながらも、福祉の求人があったら見てしまう。

 

なんだかなぁ